助産師の大きな役割はお産の介助をはじめとする、妊産婦と新生児のサポートです。
嘱託医師を確保することで、医療行為を含めたサポートができるため 、助産師にとっても妊婦さんにとっても安心感があるでしょう。
一方で、妊婦さんが抱くお産の理想や個人の希望を叶えるには、病院では限界があります。
助産師が独立し開業すれば、自分の信念に従った理想のお産や産後ケアが提供できます。
今回は助産師として独立するために考えていくべきさまざまなこと、開業方法やメリット・デメリットをみていきましょう。
目次
助産師が助産院を開業するにはどうしたら良い?
助産師として独立し、開業するにはどうしたら良いのでしょうか。
助産院をみずから開くことは可能です。
助産院は妊婦さんや胎児に何かあったときに頼る病院をはじめ、必要な施設と連携をとります。
分娩の介助をはじめ、地域のママと赤ちゃんの健康を支えていくための業務全般を行うのです。
個人で行うには責務がともなうものの、やりがいもあるといえるでしょう。
開業の最低条件
開業するための具体的な条件を見ていきます。
まずは助産師としての経験年数が最低5年以上必要です。
さらに以下のように細かく必要経験数が定められています。
分娩件数 | 200件 |
妊婦健康診査 | 200例 |
新生児健診 | 200例 |
家庭訪問 | 30例 |
母乳相談 | 200例 |
産後4週までの健康診査 | 200例 |
これは公益社団法人日本助産師会が提示している、最低基準です。
上記の基準にプラスして、助産所での研修や勤務、病院内の助産勤務を推奨しています。
助産師が独立する際は、出産施設としての助産院開業をイメージする方が多いかもしれません。
しかし選択肢はお産だけではなく、分娩を取り扱わないものもあります。
母乳のためのケアを専門に行う施設、育児の相談窓口施設としての開業も可能です。
開業の方法
助産院を開くために必要な条件がそろったら、次は開業へ向けて動きます。
まずは、医療法にしたがって開設届を地域の保健所に提出をします。
分娩を扱う場合には、嘱託医師を確保しなければなりません。
責任をもって業務を行うためにも、しっかり必要なことの確認をして、準備を進めていきましょう。
開設届の提出
助産師が助産院を開設した場合、開設してから10日以内に届出が必要です。
提出先は地域管轄内の保健所となります。
その際、使用する設備が運営できる基準を満たしている必要があります。
開業場所選びの段階から、かならず保健所の専門窓口に相談・確認をとるようにしましょう。
開設届の提出に費用は発生しません。
開設届は保健所のホームページからダウンロードするか、もしくは窓口で受け取ります。
提出するのは以下のものです。
- 開設届の書類
- 管理者と従事するすべての助産師の助産師免許証の写し
- 管理者の履歴書
- 土地および、建物の登記事項証明書、賃貸の場合は賃貸契約書の写し
- 敷地の平面図
- 建物の平面図
- 敷地周辺の見取り図
- 助産所への案内図
分娩を扱う助産院の場合には、以下のものも用意します。 - 嘱託医師の臨床研修修了登録証の写し、免許証の写しおよび承諾書
- 嘱託する病院、または診療所の有する診療科名がわかる書類および承諾書など
嘱託医師の確保
分娩を行う助産院の開設をする場合には、専門の医師と連携していることが必要です。
助産師は医療行為を行えません。
妊産婦や胎児、新生児に万が一のことがあったときに、医療行為を行える嘱託医師も確保しなければなりません。
嘱託医師の設置は医療法という法律で定められており、違反すれば20万円以下の罰金となります。
また開業届を出す際に、嘱託医師の住所と氏名、医師本人の承諾書、医師免許証(写し)を提出しなければなりません。
嘱託医師は、出産時に医療行為が必要となった場合に呼ばれることがほとんどです。
しかし緊急時に限らず、普段から密接に連携がとれる、助産所の相談相手としての存在が求められます。
嘱託医師との綿密な連携が、妊婦にとって快適で安全なお産につながるのです。
独立助産師の年収
独立すれば年収がいくらになるのか、気になる方もいるでしょう。
助産院で行うサービスに違いがあるため、一概にはいえません。
病院や診療所、助産院で働く助産師の年収の全国平均は、約570万 とされています。
助産所の経営が順調にいけば、全国平均より収入が高くなる可能性はあるでしょう。
経営の責任感の重さを考えると、病院勤務のほうが楽に感じることもあるかもしれません。
しかし自分が行いたいサービスを提供できる環境は、お金では測れないやりがいと充実感があるでしょう。
準備にかかる手間や開業後の年収などさまざまな視点から考えると、独立するか悩むこともあるかもしれません。
ここでは開業する際の、メリットとデメリットをみていきます。
大きな決断となるため、十分に理解したうえで判断しましょう。
開業するメリット
助産院などを個人で運営すると、病院のような大きな組織では実現が難しいことが可能になる場合もあります。
具体的に下記に解説していきます。
サービスの幅が広がる
大きな病院では業務がマニュアル化、システム化されており、自由度が低いと感じることもあるかもしれません。
この点、個人でサービスを提供できる助産院では、自分自身が正しいと思えるお産のビジョンを業務に存分に反映させられるでしょう。
例えばお産だけではなく産後うつのケアや、産後ダイエットのサポートなど、産後のお母さんが求めるサービスに力を入れることもできます。
妊娠前の不妊治療、妊娠中の心や健康のケアや指導に特化していく助産師もいるのです。
サービスの幅を広げたりやりたいことに特化したり、自分の信念のあるやり方で希望のお産をしてもらったりと、サービスを選択し広げていけるのがメリットの一つです。
一人ひとりの妊婦さんに寄り添える
妊婦さん一人ひとりに、妊娠から子育てまでゆったり時間をかけて向き合い寄り添えることもメリットです。
助産院は9床以下の施設を指すため 、一度に対応する妊産婦の数を病院に比べて少なく制限できます。
その分、一人ひとりの悩みや希望に丁寧に向き合うことができ、フレキシブルな対応をする余裕が生まれます。
助産師と妊産婦の双方が納得のいく対応ができるため、仕事のやりがいにもつながるでしょう。
出産できない地域の人たちを助けられる
近年は産婦人科医の不足が問題になっており、産婦人科が分娩を扱わない婦人科に転向するなどして、出産できる施設が減って います。
特に地方の妊婦さんは、地元に分娩や検診ができる施設がなく、遠いところまで足を運ばなければなりません 。
このような地方で助産院を開業すれば、産科医不足の穴を埋め、多くの妊産婦を助けられます。
地域の出産を支える大きな責任がともないますが、同時に助産院の需要も高いため、大きなやりがいも感じられるでしょう 。
開業するデメリット
助産師が個人で開業することにはデメリットもあります。
自ら経営を行うため、経費の管理や雇用・宣伝なども、すべて自分でやらなくてはなりません。
助産院で働く他の助産師や受付の人員を雇う場合、雇用主にもなります。
専門外の業務が増え、難しさを感じることもあるでしょう。
経営が難しい
独立の一番のデメリットは、経営のことまで考えなければならないことです。
経営とは収益の目標をたて、達成するために意志の決定を行って計画的に実行していくこと、そして事業の管理をしていくことにあります。
理想ばかり掲げても、助産院の経営が成り立たなくては意味がありません。
また、個人開業ではプライベートと仕事の時間の区別が難しい点も、デメリットといえます。
時間配分や収益をあげることも念頭に入れて、うまく業務計画をたて実行する経営の手腕が問われます。
医療訴訟が起こりやすい
そもそも産科医のなり手が少ない理由の一つに、医療訴訟が多い ことがあります。
出産は命がけのため、妊娠中や分娩の際は何が起こるか予測ができない部分も多くあります。
命の誕生に携わることで感謝もされますが、何かあったときには責任を問われることになるのです。
医療訴訟のリスクがあることは、助産師にとっても同じです。
自らのミスなら当然のことですが、不測の事態から起こった事故でも訴訟になるケースがあります。
自分が矢面に立つ覚悟をしなければなりません。
開業時に多額の費用がかかる
最後のデメリットは、開業にあたって多額の費用がかかる点です。
まずはテナントですが、賃貸にするにしてもある程度アクセスがよくないと、妊婦さんに通ってもらえません。
アクセスが良いテナントは、賃貸料が高いことが想定されます。
テナントの他に、分娩台やベッドが複数台、超音波診断装置や内診台も必須となります。
これ以外にも数多くの専門医療機器の用意が必要です。
さらに経営を軌道に乗せるには、一人では難しいことがあり、雇用も考えなくてはなりません。
人件費があまりにも安いと良いスタッフが揃わないため、地域の相場も加味して給与を決める必要があります。
設備や人材のすべて揃えることを考えると、かなりの初期費用が必要になるでしょう。
開業するにあたって分娩は行う?
開業を決めたら分娩ができる助産院にするのかどうかを考えます。
分娩を扱うのなら、開業届の時点で嘱託医師を確保しておかなければなりません 。
また必要な器具も増えます。
以下に分娩を取り扱う場合、取り扱わない場合のメリットとデメリットを紹介していきます。
分娩を取り扱うメリットとデメリット
開業するうえで分娩を扱うかどうかはきちんと考えなければいけない大事なポイントです。
分娩を扱うことは命を扱うことにあたるため、メリットとデメリットを理解したうえで慎重に考える必要があるでしょう。
取り扱う場合のメリット
分娩を扱う一番のメリットは、助産師と自分のビジョンに沿って良いと思った手段でお産ができることです。
お産や産後ケアに対して理想があっても、病院などの大きな組織の一員では実現が難しいこともあるでしょう。
しかし独立すれば、自分の判断で行うことが可能になります。
また一人の妊婦さんの検診からお産、そして産後まで一貫して関われる喜びがあります。
病院勤務であると、シフトに入っていないときは、これまで関わってきた妊婦さんのお産に入れないこともあるかもしれません。
また検診は主に医師のみで、助産師の役割でないところもあります。
妊産婦一人ひとりにじっくり向き合い理想のお産を提供できるのは、仕事のやりがいを感じることにつながる大きなメリットでしょう。
取り扱う場合のデメリット
お産には特別な施設や設備の用意が必要 になります。
資金の面ではデメリットがあります。
また出産は時間を選ばないため、いつなんどきも対応できるようにしておかなければなりません。
緊急時に対応するためには人を雇用する、自分のプライベートを削るなどの対処をしなければならないため、金銭的にも体力的にも負担が大きくなります。
お産は命を預かる仕事です。
重要な局面において自分の判断が求められることはやりがいにつながりますが、リスクをともなうためデメリットとも考えられるでしょう。
分娩を取り扱わないメリットとデメリット
助産所には分娩を扱わない選択肢もあります。
お産だけが助産師の仕事ではありません。
妊産婦や赤ちゃんの産前・産後のサポートを行うのも、助産師さんの大事な仕事です。
お産以外にも妊婦さんのためにできることは多くあり、分娩以外のサービスに特化して開業することが可能です。
自分に何ができるのか、メリットとデメリットも確認して、慎重に判断しましょう。
取り扱わない場合のメリット
分娩を取り扱わない助産所の場合は、分娩室の設置が不要になるため、初期費用が少なくてすみます。
母乳外来や子育てサポートを行う助産所の場合、入院の必要がないため、設備や夜間勤務における人材雇用も必要なくなるでしょう。
いつ入るかわからないお産がないと、予定が立てやすくなり時間の面でもメリットがあります。
時間に余裕がある分、検診やケアに時間をかけて向き合えるでしょう。
妊婦さん向けの企画を行ったり、ヨガやダイエット講座などの開催も可能となります。
また、自分のプライベートにおける時間の確保も容易になるでしょう。
取り扱わない場合のデメリット
分娩を扱わないと、赤ちゃんの誕生にたちあえないことになります。
助産師にとって新しい命との触れ合いは大きな喜びといえるため、分娩ができないのはデメリットに感じられるでしょう。
また、助産院の存在意義として分娩は大きな部分を占めるため、その他のサービスに特化して開業する場合は、個性やアイデアのあるケアを提供できないと人が集まりません。
そのため、安定した収入につながらないことも考えられます。
結果的に、分娩を扱う他の助産院や病院で出産介助の勤務をして補うことになる場合もあります。
サービスの提供とお産への関わり、どちらも中途半端になってしまう可能性もあるでしょう。
助産師の開業で知っておきたい助産所について
最後に助産所を開業して独立するために、知っておきたいことをまとめます。
開業するべきか、お産以外にどういったことができるのかを確認していきましょう。
助産所とは
助産所とは助産師が責任者として管理する施設です。
また妊婦・産婦・産褥婦合わせて9人以下の入所施設と定義されています。
陣痛促進剤の投与や帝王切開などの医療行為はできません。
嘱託医師と連携していることを条件に、分娩を取り扱えます。
正常分娩であれば医師の指示なしに、分娩が可能です。
高齢出産や多胎・切迫流産や早産などをともなう出産も、助産所では扱えない出産になります。
助産所では分娩以外にも、産後ケアや検診に重点を置いてサービスを展開している助産所も多くあります。
病院では提供できない妊産婦への細やかなサービスを提供できるのが魅力です。
助産所の産後ケア
大きな病院では、分娩と医療行為を中心としているので、産後のケアを行ってくれるところは少ないでしょう。
出産は妊婦にとって命がけで、かなりの体力を消費します。
産後すぐに赤ちゃんのお世話が始まると、休む暇がなく体力の回復も十分にできません。
産後は身体的にも精神的にも、サポートが一番必要な時期です。
産後ケアに力を入れた助産院は、妊産婦からの需要が高く 、病院との差別化も図れます。
分娩を扱わず、産後ケアのみを受けられる助産院にするのも選択肢の一つです。
産後に実家やご家族に頼れない人もいる中、助産師の手厚いサポートが受けられるのは、産婦さんにとっては心強いでしょう。
産後ケアの特徴
助産所ではじっくりと個々の事情や状況に合わせたケアができるのが魅力です。
助産所で出産していない人でも参加できるよう間口を広げて、産後の両親学級やヨガ・ベビーマッサージなどを行えます。
ママ同士や助産師との間でコミュニケーションがとれる、さまざまなクラスの開講もケアになります。
また産前から妊婦さんと関わっていくことで、信頼関係を築くことができ、産後に悩んだ時も相談しやすい環境が作れるでしょう。
産前から産後にかけて長く利用してもらえる施設にできます。
産褥入院(産後入院)を行っている施設も
助産所では産褥入院を行っているところもあります。
産褥(さんじょく)とは主に産後6〜8週間の期間のことで、出産を終えたママの体の回復期を指します。
体の不調を抱えながら、慣れない赤ちゃんのお世話にも奮闘しなければならない大変な時期です。
産褥入院では、出産後育児に自信のないまま退院するのが不安なママのために退院を延期したり、他の病院や助産院で出産したママがケアのために再度入院することが可能です。
助産師にとっても、産後のママと赤ちゃんの健康を支える仕事はやりがいを感じられるでしょう。
メリットやデメリットも理解したうえで助産師の開業を検討しよう
助産院の開業について、また開業や分娩の有無におけるメリット・デメリットを紹介しました。
独立には熱量やタイミングも大事ですが、助産師は命を預かる仕事のため、しっかり考えることも重要です。
慎重に判断し、今はまだ開業のタイミングではないと感じるのであれば、見送るのも一つの方法です。
開業が難しいと思った場合は無理をせず、転職をして他の産婦人科や助産院のもとで経験を積んでいくのも良いでしょう。